朝から図書館に行って本を借りて、あたたかいなか歩いて駅まできたので、気分がいい。Jean-Claude Rousseauについてしらべる。どこかでみれないかしら。鏡と窓のスペースきく。
雛形の2人とも世界の正しいみかたや出来事を提示してるわけではない
ストレート写真←→合成写真
この分け方は動かないリアルな分け方
雛形の2人はストレートフォトグラフィー
合成写真は全部ミラーとかそういわけではない
無限なグラデーション
柔軟な枠組み
分け方のアイディア自体がリアルでかたい不動な分類とは違うものとしての提示
写真を分析するため軸状のものを導入する、時系列で並べたりストレートとそれ以外という事実ベースの分析とは異なるもの、でも鏡と窓を勘違いしてたら違う分析方法だということをしらない 知識についての知識
家の全体の構造を理解するために役立つ断面図は単なる分析装置であって当然全体より小さなことしか説明していない
分析は対象の完全さを脅かしながら説明する
好奇心に任せて物事の本体を切り裂いたあとには手付かずのままの全体こそが謎めいていながらもより美しいと認めることになる
鏡と窓は写真という本質や概念を支える柱ではなく、切る道具
事後的な整理
リファレンスで歴史、文脈の上に置かなきゃという不幸
勉強せねば
自分がうまくいってないのが知識のせい
→本質を求める間違った勉強の仕方
ひとつの立場から語られてることを理解する
原文、図版もみれる